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劇場空間

元気だして行きまっしょ。 機械も長く使っていると、動きが鈍くなります。油をさして、動きを良くしてあげないと。オリーブのように、豊かな実を育てられるブログにしたいです。

利休と歌舞伎に共通する美の世界

演劇

  

      樹齢5000年のオリーブ

   西宮ガーデンズの映画館で、海老蔵主演の「利休にたずねよ」を見た。

団十郎が、この映画で海老蔵と演技の火花を散らしていた頃、明日の命を疑わなかった

にちがいない。

思えば、昨年の12月の顔見世で、勘三郎の死去というニュースが歌舞伎界に激震と大きな悲しみとなって、衝撃を与えた頃、勘九郎の襲名披露の公演でもあって、ずらり揃っての、口上で、団十郎が親代わりの挨拶をしていた。

舞台での団十郎が元気がなく、声色の良い、良く響く声がかすれていので心配だったら、その後すぐに、風邪の為,休演とのことで、私は見られて良かったと思っていたくらいで、その翌年に勘三郎を追っかけるようにして、この世に別れを告げた。

巨大な2つの大黒柱を失って、その後の歌舞伎界が心配されたけれど、吉右衛門や仁左衛門が、でずっぱりの活躍で、身体にムチ打って頑張って来て、南座の顔見世では、仁左衛門が休演、中村座で、勘三郎といつも出演していたン三津五郎や福助までもが、病に倒れた。

歌舞伎映画が出来て、嬉しいことに、勘三郎の名舞台が銀幕で見られるようになって、

先日も観た勘三郎が生涯をかけて精進し、到達しようとした菊五郎の不出の名舞台といわれた「春興鏡獅子」を、昨日もまた、難波の映画館で観た。

舞台は、勘三郎がまだ襲名していなくて、勘九郎として2009年のもので、難聴にも苦しめられず、体調も良かった頃の舞台で、その後、勘三郎として、新しい歌舞伎座で、踊ることを心待ちしてながら、新歌舞伎座の舞台を踏むことはかなわなかった。

心技体が一つになって、無の境地で自然に身体がうごくようになって、やっとその境地に到達出来るようになる頃には、身体がついていけなくなると語っていた。笑い顔を残して、腰低く挨拶しながら後ろ向き、去って行く姿が大写しの画面に。

肉体の芸と言われる歌舞伎は、肉体の伝承によって、息子の勘九郎と七之助に受け継がれていく。

踊りの旨さでは、勘九郎の方が旨いと、勘三郎が言っていたので、さらに飛躍した芸となって、のちのよの鑑賞者を魅了していくだろう。

肉体の滅び美学は、物悲しく、美しい。

「利休にたづねよ」でも、宇宙の空間における、行とし生けるものの、もののあわれの美を時間軸で捉えた、美しい作品に仕上がっている。

 竹筒に、椿のつぼみが、一輪さしてある。これから咲いて行くつぼみ。咲いて、首を落とす椿の花に、生きて滅ぶ美を象徴している。

 最も狭い、壁に囲まれた空間の何もない簡素な空間こそが、利休の茶室であることは、旧知の事だが、それは、獄中にも例えられるだろう。

サルトルが戯曲で言った言葉と同じ「幽閉されている時が最も自由だった。」と。

豊臣秀吉の欲望と嫉妬は、生涯つきることなく彼を苦しめ、安らぎを覚えることはなかっただろう。

百姓の出の貧しい秀吉には、黄金が素晴らしく美しく価値のあるものだった。

堺の商人の放蕩息子で遊び人だった、利休には、美の本質を見極める目が備わっていた。

あらゆるものを吸収する黒茶碗が、究極の美だった。

利休の命は、秀吉によって奪われたけれど、利休の美的、精神的宇宙は、茶道として受け継がれ、世界的に広がり、多くの人々の心の平安に貢献し、生き続けている。

歌舞伎の肉体継承の芸道でも同じだと思う。