劇場空間

元気だして行きまっしょ。 機械も長く使っていると、動きが鈍くなります。油をさして、動きを良くしてあげないと。オリーブのように、豊かな実を育てられるブログにしたいです。

南座、顔見せ、玉三郎

 

 

12月は、師走恒例の、南座での顔見せです。

 ニューヨークに行く前に、前売り初日に、チケットを買っていました。

昔は、1万円台で一等席が買えたけど、今は25000円もしますので、とても手が出ません。

母が、お友達に席を買ってもらって、前列10番目で観劇出来たのは、久しい昔のこと、

松島屋さんを親の代から応援してきたので、松島屋の番頭さんから、買っていたチケットならではのことでした。

 インターネットで、前売り時間の前から、待機していて、買いやすい値段の2等のAが狙いだったのですが、三階の最前列の席は、すでに売り切れ、二等席のBの中で、最も良い席の、三階の2列目に、一席買うことが出来ました。

 買ったのは、昼の部、中でも、玉三郎と海老蔵のコンビで舞う「出雲の阿国」は、楽しみの極みでしたが、海老蔵が、怪我で、仁左衛門さんに変わったので、玉三郎と仁左衛門のコンビなら、かつての黄金コンビなので、かえって、それも楽しみか、とも思われたのですが。

 顔見せの昼の部は、「羽衣 」という舞いから始まりました。天女の舞い。

 仁左衛門の隠し子という噂の、愛の助と、仁左衛門の長男、孝太郎の出演で、顔見せならではの華やかさで、お正月がすぐそこに来ているのだな、と見事な踊りぶり。

 三階から見ていると、舞台の白木の上に、お人形が舞いだして、夢の世界を醸し出してくれます。

 次に、これもよく知られた「寺子屋」松王丸に、吉右衛門を迎えての舞台です。

顔見せだから、なのか、一八番そろいで、しかも笑いを誘うものが多い。この「寺子屋」も観客の笑いをそそるうちに、やがて悲劇の様相に、というパターンです。

仁左衛門の松王丸を何度か見ていて、素晴らしい演技に、泣かされたものですから、吉右衛門の豪快な人格とは、対照的に、仁左衛門の場合は、長患いで、身体の弱々しく、身体も細い松王丸。私の中で、名舞台が深く根付いているものですから、物足りないという感じはゆがめないけれど、男ぶりの東役者を見慣れている人なら、この方が男らしくて、潔く良いのかもしれませんね。

さて、待ちに待った、玉三郎の「出雲のお国」の前に、食事が入りました。

お弁当は、買わずに、向かいの、レストランに駆け込んで、最も早い物は?と聞けばランチ、それを急いでお願いします。

 何がランチのメニューかも見て無くて、和風のステーキが出て来ました。クリームスープとえびのフライとポテトサラダ。

 ご飯も美味しいし、急いで口に入れるものの、ステーキの味も美味しくて、食後にコーヒーまでついて、850円という安さでした。

 充分間に合って、幕が開くと、なんと、なんと、あまりにも美しい、玉三郎の、出雲の阿国」玉三郎の背の高さも、博多人形のよう。素晴らしい、踊りは、ゆとりのある優美と仇やかの極みです。

 ふっと、わずかに笑いを含ませる面顔の魅力に、胸キュンで、どきどき。

わー、玉三郎、大好き。これは完全に恋心です。一方的な思い入れです。

やがて、お国は、昔の恋人の姿を夢の中で。

せりが上がって、仁左衛門が、美しい若者として登場します。

踊りも、息も良く合っているけれど、この役は、やはり海老蔵のものです。

 玉三郎が、昔の恋人と踊る場面ですから、オペラグラスで見ると、やはりこの役は。

海老蔵が、あんな馬鹿なことにならなければ、どれほどの大切な役を逃したことか、と本当に残念です。

 そうだからといって、仁左衛門の代役も、それはそれで、若さを身体で素晴らしく、二枚目としての美しさも、素晴らしいのですが、海老蔵の姿形の美しさに、若さは及ばないのです。

 玉三郎は、普通の人ではありません。その美は、人を越えている。隣の三人組の婦人達は、海老蔵見たさに、初めて歌舞伎を見に来た人達。玉三郎の美しさに、感動していました。

 最後は、これも、馴染み深い、「 沼津」です。

一三代仁左衛門さんを忍んで、と題して、松島屋の3兄弟、我當、秀太郎、仁左衛門で。

 一三代の仁左衛門が存命中に、孝夫さんとして、お父さんと共演した、「沼津」を見ていますので、感慨無量です。

 かけあいがあって、アドリブで、親子で話をする場面を、今回は、お兄さんと。劇中、実は本当の親子なのだけれど、その時には、わからない。

 上方らしいお芝居で、おもしろく、やがて悲しい結末ですが、暖かい人情がの残るお芝居。 

 今年の、顔見せは、本当に、非の打ち所のない、素晴らしい出し物と見事な舞台を観客に披露してくれています。

 

 もう一度、行けたら。母に見せてあげたい、心引かれる舞台です。